最高裁判所大法廷 昭和25年(ク)141号 決定
抗告代理人弁護士青柳盛雄、同小沢茂の特別抗告理由一、二について。
原決定は、相手方会社の從業員である抗告人等が日本共産党東急細胞機関紙及び同党東急第一細胞機関紙に記事を掲載し且つ相手方会社の從業員に配布した行爲は、確たる根拠がなかつたにもかかわらず相手方が人員配置轉換を行うにあたり不当不正な施策を行つた旨の風評をとらえて、相手方從業員に右風評を眞実なるもののごとく宣傳したものであるから、相手方がこれを以つて相手方会社の信用を害し、その業務の運営を妨げた行爲であると判断し、相手方の職員懲戒規程第一條二号、第三号後段、第六号、第二條五号に該当するものと認定して懲戒解職の処分に付したのは相当であると認められるとした上、該懲戒解雇が憲法二一條に違反しない理由として論旨一摘示のごとく説示したことは所論のとおりである。そして、原決定がその説示の前段においてなした「憲法第二十一條は、本件の如き出版に対し行政的制限の加えられることのないのを保障したに止る」旨の説示は、出版行爲を行政行爲でない立法その他の国務に関する行爲を以つて自由に制限し得られるがごとき誤解を生ぜしめる点において首肯し得ないけれども、「同條を以つて出版行爲に対し何等の責任を問わない保障を與えたものと解釈すべきでないことはいうまでもなく、從つて、出版行爲を爲した者が、その行爲について民事、刑事の責任を負う場合のあることはもとより免れ難いところである」旨の後段の説示は相当であつて、これを是認することができる。蓋し、憲法二一條所定の言論、出版その他一切の表現の自由は、公共の福祉に反し得ないものであること憲法一二條、一三條の規定上明白であるばかりでなく、自己の自由意思に基ずく特別な公法関係上又は私法関係上の義務によつて制限を受けることのあるのは、已むを得ないところである。されば、原決定が一本件会社從業員である抗告人等の本件行爲が相手方会社の職員懲戒規程に該当するときは、右規程に基く相手方の処分を受けるの已むを得ない場合もあることも当然であるとして、憲法二一條は右職員懲戒規程の効力に影響を及ぼすものと解釈することはできない一と判断したのは正当であつて、論旨はその理由がない。
同三、四について
しかし、原決定が確定した本件抗告人等の所爲は、前論旨で説明したとおり、日本共産党細胞機関紙に相手方会社の根拠なき風評を記載して相手方從業員に宣傳した行爲であるから、憲法二八條所定の勤労者の団結権又は団体行動権に属しない行爲であること明白であるばかりでなく、原決定のこの点に対する説示は、すべて是認されるから、論旨は採用し難い。
同五について、
特別抗告理由は、憲法適否に関することを要するばかりでなく、その抗告理由は理由書自体に記載すべきものであるから、單に原審抗告理由を引用するというだけの本論旨は、不適法であつて、採用し難い。
よつて民訴九五條、八九條により主文のとおり決定する。
(裁判官 田中耕太郎 長谷川太一郎 沢田竹治郎 霜山精一 井上登 栗山茂 島保 斎藤悠輔 藤田八郎 岩松三郎 河村又介)
抗告代理人弁護士青柳盛雄、同小沢茂特別抗告理由
一、原決定は抗告人が本件懲戒解雇が憲法第二十一條に違反して無効であることを主張したのにたいし、「憲法第二十一條は本件の如き出版に対し行政的制限の加えられることのないのを保障したに止まり、出版行爲に対し何等の責任を問わない保障を與えたものと解釈すべきでないことはいうまでもない。從つて出版行爲を爲したものがその行爲について、民事、刑事の責任を負う場合のあることは、もとより免れ難いところである。從つて抗告人等の行爲が相手方の職員懲戒規定に該当するときは、右規定に基く相手方の処分を受けるの已むを得ない場合もあることも、当然であつて、憲法第二十一條は、右職員懲戒規程の効力に影響を及ぼすものと解釈することはできない。」という理由で抗告人の主張を排斥した。
二、しかし原決定の憲法第二十一條の解釈はそれが單に言論を行政的に制限しないことを保障している規定だとするところに根本的な誤りがある。このことは憲法第九十八條第一項が「この憲法は、国の最高法規であつて、その條規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行爲の全部又は一部は、その効力を有しない。」と規定している点に照しても明瞭である。すなわち憲法第二十一條によつて保障されている基本的人権は單に行政的措置によつて制限されないというのではなく、立法的、司法的措置によつても、なおじゆうりんされないことは明瞭である。もし原決定のいうように言論の自由にたいしては、その行爲者にたいし民事刑事の責任を負わせることができるとするならば、人権は何等保障されていることにはならない。もちろんわれわれも言論の自由が法律上無制限であることを主張するものではない。しかし行政的たると立法的たるとその他の方法によるとを問わず、言論が社会の進歩発展に寄與するものであるかぎり、それが特定の国民にたいして具体的な不利益を蒙らしめるものであつても、それは社会生活上当然その者の受忍しなければならないものであるから、これを制限しえないのである。これが公の秩序善良の風俗であつて、国民も亦これに反する行動はとりえないのであつて、本件解雇が、かかる公の秩序及び善良の風俗に反するかどうかを決めるのは結局憲法第二十一條の精神に反するかどうかを判断することになる。原決定は憲法第二十一條の解釈を誤り、ひいて本件解雇の効力に関する判断をこれと機械的に切り離して行つているものであつて違法である。
三、次に抗告人らは本件解雇が憲法第二十八條に保障された労働組合活動の自由をじゆうりんするものであつて不当であるとの主張にたいし、「憲法第二十八條は勤労者の団結権、団体交渉権その他の団体行動権を保障しているけれども右諸権利の行使については何等の制限のないものと解すべきでなく、おのずからその目的達成のため正当な範囲における権利の保障と解さなければならない(中略)しかして、前記の抗告人らの行爲は、労働組合員として労働組合の目的を達するための正当な範囲内の行爲であると解することはできないから憲法第二十八條も亦本件懲戒解雇の効力に影響を及ぼさない。抗告人等は労働組合法第一條第二項を引用して、抗告人等の行爲を正当なものと論じているけれども刑事上の免責規定である労働組合法第一條第二項を引用することは当を得ない。」といつて右主張を排斥した。
四、しかしながら憲法二十八條に保障されている労働者の権利についてその行使が正当な範囲内であるばあいにかぎつて、その権利は保障されるという議論は、一見尤もらしい感じを與えるが、かかる権利行使の正当性というような抽象的な観念を導入することによつてこの基本的人権は具体なばあいにおいて骨拔きにされてしまうことに重大な問題がある。われわれもまた権利の濫用という概念が法律運用のなかに存在していることの正当性を否定するものではないが何が権利の濫用であるかを判定することはきわめて困難であり、一歩を誤れば具体的なばあいにおいて権利はもはや権利としての價値を失い、法律の権威は完全に失墜する。故に憲法がいかなる理由によつても犯すことのできないものとして保障している基本的人権の行使にたいし権利濫用論を介入させることは特に愼重でなければならない。しかるに原決定は労働組合法第一條第二項は刑事上の免責規定であるから本件解雇についてこれを引用するのは当を得ないなどというような杜撰な議論を使い何ら権利の濫用とは認めがたい抗告人らの行爲にたいし報復的に行われた本件解雇を正当だとしている。これは明らかに憲法第二十八條の権利の本質、実体を正しく理解していないことを暴露しているものといわなければならない。すなわち同條を正解しているならば本件のような惡質な不当解雇が違法でないなどという結論はでてこないはずである。漫然と抗告人らの行爲が正当の範囲内にないなどという理くつは眞実に眼を蔽い抗告人らの正しい要求をじうりんするものであつて、かかる理くつに基因する原決定は憲法第九十八條第二項の適用を受くべきものである。
五、その他原決定に表示されている原審抗告理由を全部採用する。 以上